2009年5月20日水曜日

D4? D400?

とかく白黒つけたがる輩が多い。
デジタル一眼カメラはAPS-C,APS-H,フルサイズでどれがいいか(どれが優れているか)まぁ、ちょっと検索しただけで様々な情報がでてくる。
良い悪いの二元論でほとほと困ってしまった。

NikonがいいとかCanonがいいとか。フルサイズがいいとかAPS-Cは悪いとか。
どうでもいいではないか。

道具である。
目的は異なれど、カメラは道具である。

様々な理由をつけてどっちがいいとかいろんな情報が錯綜して特徴を知るのに時間が恐ろしくかかった。

良い情報だと思われるのは2点あった。

CMOS(CCD)サイズの違いによりパースがちがう。
COMS(CCD)サイズの違いにより被写界深度がちがう。

うむ。これは非常に納得でき、すっきりと理解できる。
写真として楽しむ場合、ものすごく重要なことであろうこのことに触れていた情報は非常にすくなかった。

二元論に多かったのがノイズ。
次に画素数。

ノイズは技術的な観点と鑑賞による観点で異なる。
ノイズは少ないほうがよい。
これが粒状感になるとちと変わる。
鑑賞にたえうるか(ようは美しいかどうかだ)がカギになる。

画素数は多いほうがよい。いや、現像処理に時間がかかるし、第一ピクセル等倍にしないし、大きな印刷にしないので不要。

どれもしっくりこない。

ノイズは粒状感(多分フィルムでは当たり前の話なのだろう)と本当のノイズがごった煮になっているようで、それに人の感性がはいってなんやら結論のない意見の応酬になっている。
これをこれから写真でもと考えている善良な人が見たらいやになるだろう。
なにせ、なに買っていいかわからないわけだし、失敗したくないからいろいろ見て回っているのだ。

画素数もそうだ。
デジタルになり等倍でみられる環境になったからこそでもあるが、多い少ないに固執して何か見誤ってる。

色の三原色やら光の三原色やら、A/Dコンバータ、D/Aコンバータ、果ては色のキャリブレーションやプリンタの実解像度まできれいに説明し、だからこうなのだと結論づけてほしい。

まぁ、無理なのだ。結論はデジタルなので高画素がよいは決まってしまっている。
データである以上、少なくすることは容易だが増やすことはできない。
当然、間引く時もアルゴリズムがあり、増やす時もアルゴリズムがあり。
”それなり”に見えることはできる。

しかし。
アナログではないので。
データ以上は無理。表現できない。

色の諧調は無限であるが、データは有限である。

デジタルである以上、有限の中でやらねばならぬ。
もともと制限のある中でやらねばならぬ。表現上、制限があるのは明白。

デジタル化の波は企業戦略で、囲い込みの手段としてあるものと考えている。
つまり、有限である以上、新しいものが常に作られ、変わっていく。

これがアナログだとそうもいかない。
変わらなくともいいものはいつまでも使われ、価値が認められる。
デジタルはデータであり、データは軽視される。

その意識こそが問題である。

結果、「簡単だよね~」の一言でコストダウン(IT化でコストダウンというが、実際は作業をITで代替しているため、一人当たりの作業負担は増えている)プログラムは動いたらほっとく。その間は動いてないからタダだよねん。そんなことあるわけない。
ITレベル(プログラムかけるとかではない。単に技術を知っているかのレベル)がものすごく低いことに気付くべきだろう。
そんな輩でも使えるITってものすごいことなんだって知るべきである。
インフラって当たり前にうごくけど、それってものすご~く大変な技術なのだ。

話がそれた。

大丈夫。どれかっても一緒である。
道具なのだ。使う側の問題である。

Nikonユーザなのでそれしか知らんが、困ったことはない。(Richoもあるが)
D4でもD400でも、道具なので必要と感じるものを使えばよい。当然財布の都合もあるが。

噂は楽しむもので期待するものではないぞ?
嘘でも楽しむくらいでちょうどよいのだ。

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